構 内 營 業 と 蕎 麦
何時からか、小生は驛蕎麦を喰つた後に店舗の周圍を一廻りする習慣が出來てゐる。さうするのは、目的があつての事で、決して矢鱈に徘徊してゐるのでは無い。其の目的とは、壁面に貼り付けられた構内營業許可プレートを探す事である。この小板を確認する事で、我々は蕎麦屋の隠れた一面を知る事が出來る。
つまり其れには、出店を承認された年月日、店舗面積、そして蕎麦の經營を行ふ業者などが記載されてゐるのである。驛蕎麦に拘はりがある者にとつて、情報の宝庫とも云へやう。
若し諸君が未だ此れを知らぬならば、明日からでも確認して見るやうお勧めする。知的好奇心を刺激せしめる爲、或ひは健康の爲、理由は何でも良いから自分の足で探して見給へ。
小生は驛蕎麦業者のアイデンチチーを明確化する爲、件のプレートを毎回樂しみに確認してゐる。一般に私鐵驛蕎麦には見られぬやうなので、旧國有鐵道獨自の制度かと推察される。要は、
「業者 何某 は、某月某日より、鐵道の固有財産たる構内の中、幾平米を 某營業 の目的で占有使用する」
と云ふ宣言と読むべきだらう。其れにしても使用目的の「店舗營業第二種店舗營業」とは何だらうか。我が國有鐵道が昭和二十九年に改訂した構内營業規則に沿つて若干の解説を加へたい。
驛構内で營業する者には、蕎麦屋の他にも赤帽や靴磨き、雑貨賣店、汽車辧當などが挙げられる。驛構内は不特定多數の人間が集まる特殊且つ排他的な現金商賣市場である。しかも鐵道會社は無闇に新規業者を參入させない。驛蕎麦屋は、此の有利な空間を安定して占有出來る、極めて惠まれた業者とも云へやう。
一方、鐵道會社は、附帯サーヰ"スの質を維持し、業者の營業活動を取締る目的で、「構内營業規則」を定めてゐる。驛蕎麦業者は、鐵道會社との構内營業契約書の中で、規則を遵守する事を義務付けられ、構築物や價格、品書き等に制限が加へられる。だから獨占業者であつても好き勝手は許されないのである。
構内旅客營業には、大別して「立賣り營業」「出店營業」「店舗營業」「列車内營業」がある。「出店」は15平米以内の飲食を提供する營業で、「驛乃蕎麦」で扱ふ蕎麦屋は此の範疇になる。尤も、前掲の写真のやうに、9.6平米でも「店舗營業」と謳はれてゐるので現行の區分基準は判然としない。
種別 | 營業内容 |
第一種店舗營業 | 旅客ヲ對象トスル物品等ノ販賣 |
第二種店舗營業 | 旅客ヲ對象トスル飲食等ノ提供 |
第三種店舗營業 | 旅客ヲ對象トスル理容・浴場等 |
第四種店舗營業 | 旅客及ビ公衆ヲ對象トスル店舗營業 |
店舗營業は更に右の如く細分される。驛蕎麦が第二種店舗營業となる所以は此處にある。
蕎麦屋は、營業規則以外にも、掲示物の規則等で暖簾に赤や緑の信号色を用ゐては成らぬなどの制限を受ける。さう云ふ規則に全て適つた姿が、驛の蕎麦屋なのである。
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