噐 の 素 材




【丼鉢の正體】

 丼鉢と云へば普通は陶噐で出來てゐる。處が驛蕎麦愛好家の諸君の中にも、陶噐だと思つた丼鉢を良く見たら合成樹脂製だつたと云つた經験があるだらう。驛蕎麦で一席ぶつのなら、その丼鉢の素材も押さへておきたい。そこで素材を次に述べる三系統に分類し考察する事としたい。



◆ やきもの系 ◆


 丼鉢の標準素材と云ひ得るのが陶磁噐である。驛蕎麦の場合は量産品が使用される事が多い。陶噐の單價は非常に幅があるが、大衆品の單價は250圓程度であらう。
 獨自の丼鉢を用意してゐる業者があるが、さう云ふ店の食噐は大抵陶噐製である。少量の専門容噐などにも適した素材なのである。
 しかし何と云つても陶噐製の丼鉢は合成樹脂製に比べて趣きがある。指で弾いて「ぴん」と云ふ澄んだ音色を聴くと、安い蕎麦にさへ一定の品位を与ふるやうな氣がする。



◆ 合成樹脂系 ◆


  • MF類
 驛蕎麦で使用される贋作陶噐の殆どが、メラミン樹脂と云ふ材質で出來てゐる。メラミン樹脂は表面が硬く高温でも曲がり難い特性がある。重量感もあるので模擬陶噐として最高の素材であると云へやう。樹脂を大量に使用する所爲か價格は普及版の陶磁噐に比較して高く、單價で600圓前後である。
 彩色自在である事も優れた点であるが、指で弾くと安つぽい音がするので見分けがつく。長い間使用すると、つゆの色素が内側に附着したり、色が褪せたりすることもあるやうだ。

  • PF類
 フエノール樹脂は「贋作漆噐」、汁椀などによく利用される素材である。木粉を混ぜて整形され、塗装は「漆」の代りにウレタン樹脂が使用される。フエノールの代用としてメラミンが使用される事も有るやうだが、小生は未熟なので、MF類漆噐とPF類漆噐を區別する事が出來ない。



◆ ポリスチレン系 ◆


 ポリスチレンを素材とする丼鉢は、使ひ捨て容噐として使用される。やきものの擬態では無く純粋な簡易容噐である。尚、昨今世情を騒がしてゐる環境ホルモン溶出問題について此處では触れない事とする。

  • GIPS類(左)
一般用ポリスチレンである。ぺらぺらに薄い素材にカアヴを附けて強化した丼鉢である。
  • FS類(右)
ポリスチレンを發泡剤で發泡させたもので、即席麺などでお馴染みである。




丼鉢の分布にみられる特徴


上記にみた三種類の丼鉢は、驛背後の環境によつて更に特徴附ける事が出来る。

 小生は驛蕎麦屋に置いてある丼鉢の數を観察した事があるが、それは何處も同様であつた。然るに、食噐の廻転率は客の數に比例すると云ふ結論に達したのである。つまり客の多い店は一日に何度も丼鉢を使ひ廻すから痛み難い食噐が求められる訳である。
 MF類の食噐はかうしたニーズに合致して利用されてゐるのだらう。従つて大都市圏のやうな人口流動の激しい地域に於ゐては、少々單價が高くても合成樹脂系の食噐が利用されるのだらう。

 一方ポリスチレン系の容噐は、即席中華麺などで廣く一般に浸透してゐる。然しお祭りの縁日でも或まいに、何うして簡易食噐で蕎麦を喰はせるのか。
 理由のひとつには食噐洗浄費の節約が考へられる。之は洗剤代などの直接洗浄費のみ成らず、洗ひ場省略による効果も含まれると見なければ成らない。鐵道會社への権利金を決定する要素には驛の占有面積がある筈である。之を出來る限り少なく設定してコストを極小化する狙ひがあるのでは無いか。つまり面積の小さな店舗を持つ業者はこのタイプの容噐を用ゐる事が多いのである。
 もうひとつの理由として考へられるのは客の性質である。つまり消費者の主體が通過客なのか、出發・到着客なのかと云ふ点も食噐選択の一要素と成り得るのである。通過客であれば、優等列車の追ひ越し待ちや機関車附け替へ時間が利用機会となる。この短時間で蕎麦を賣るには、持ち込み容噐が最も適當である。そこで單價の低い使ひ捨て容噐の登場となるのだらう。


 以上、驛蕎麦に於ける容噐選択の推論を行つたが、實際はさう簡單に結論する事は出來ない。實際の立地状況と小生の推論が一致しない事例も多くみられるのである。例へばポリスチレン系丼鉢が西日本の驛に集中してゐる事もそのひとつである。之は東日本と西日本の間にあるコスト意識の捉へ方の差に因るものなのかも知れない。





文中の敬称は略させて頂きました。
新事實を御存知の方は小生まで一報願ひます。