列 島 青 白




 車窗の風景にねぎ坊主が映る季節を迎へた。白い花をつけるあのネギはユリ科ネギ屬の植物である。だから今富山で咲いてゐるチユーリツプと同類と云ふ事になる。親戚筋には「辣韮」「大蒜」などがあつて、何れも臭ひと辛味が共通點である。燒肉に大蒜、ライスカレーに辣韮、蕎麦には葱と、日本人の食生活にユリ科一族が活躍する場面は多いと云へる。

 實際、蕎麦に葱は合はせ物なのである。葱の無い蕎麦は喰ふに値しないと斷言しても差し支へ無い。今囘は葱について一考察を加へ、我々の驛蕎麦巡りの意義を深める事とした。




【葱の種類】

蕎麦の藥味として使用される葱は、白い莖を喰ふ「根深−千住郡」と、緑の葉莖を喰ふ「葉葱−九條郡」に大別される。

 元々「根深」は旧滿州あたりの太葱が傳播したと云はれてゐる。北方系らしく、寒い時期の締まつたものはそれだけで賞味する價値があるが、夏場に味が落ちるやうな氣もする。
關東平野一帶で栽培されるものが主流であり、特に「下仁田」や「深谷」の葱は葉まで喰へる上、肉厚かつ甘味なので有名である。上州一帯の驛蕎麦賞味に於ゐては、特に藥味に注意して味はつて貰ひたい。

 一方「葉葱」は、青葱、九條葱などと呼ばれ大陸南方が元祖のやうである。莖の白いものもあるが、根深に比べて細い。これは枝分かれが多い爲である。有名な銘柄には福岡の「萬能ねぎ」がある。香りは根深に比較して少ないが反つて上品な感じさへする。色の鮮やかさと輕快な歯觸りを愉しみたい。
尚、廣島の「分葱」はネギ科の變種ださうで冬場にしか出囘らない。殘念ながら廣島驛で出て來た藥味が何であつたか、小生は知らない。

【蕎麦藥味としての分布】


 諸君は「關西は青葱、關東は白葱」と云ふ定説を聞いた事があるだらう。小生の行脚の結果を見ると、確かに關西は青、關東は白と云ふ分別になつてゐるやうである。 しかし「根深」の葉に近い部分は緑色をしてゐるし、「葉葱」の根に近い部分は白い。何処まで使ふと云ふ事は店によつてばらばらだらうから、色だけで區別するのは誤りを招く恐れがある。そこで枝分かれしない太い葱を白葱、枝分かれした細い葱を青葱の範疇に加え、日本地圖上にプロツトした處、凡そ次の如き分布圖を得る事が出來た。驛蕎麦がその土地の食文化を代表してゐると假定すれば、その説はある程度正しいと云ふ事が出來る。
青白列島

◆ 東海道の場合
 熱海驛の東華軒以東では白葱だが、三島驛・御殿場驛の桃中軒(沼津)から西では青葱である。また、伊豆半島の伊東驛・祇園では青葱である。

◆ 甲州街道の場合
 中央東線では白葱である。甲府驛の甲陽軒から南下して身延驛の玉屋までは白葱だが、東海道富士驛の冨陽軒では青葱が使はれてゐる。

◆ 北陸道の場合
 福井驛・豐岡商店以西の蕎麦は青葱だが、金澤驛の油谷食品以東の蕎麦は白葱である。

◆ 尾張・三河・美濃地方の場合
 美濃太田驛の向龍館では白葱であるが、名古屋や濱松では太い青葱である。參考までだが、愛知縣産の「越津ねぎ」は青白兩用であると云ふ。


 このやうに葱の青白分界はおおまかに云つて東經136度、北緯35度の線で區畫出來ると考えて良いやうである。勿論日本は山嶽地形であるので、山に遮られた地域に例外はあるだらうが大體こんなものであらう。これらは各々の品種の生育環境にも裏付けられた結果と云へる。
 中京地區の葱をどう見るかについて小生は關心を覺える。この地域は中仙道方面や美濃地方の白葱區界とのジヤンクシヨンになつてゐるので、少し移動しただけで樣々なヴアリヱイシヨンが樂しめると思ふ。今後未確認の蕎麦については、名古屋鐵道、中央西線、飯田線などの丼鉢上にどのやうな事實があるかが焦點とならう。また季節によつて使用する葱を變へる店もあるかと思はれる。新たに判明した實態をお知らせ戴ければこの稿に付け加へる事としたい。





文中の敬称は略させて頂きました。
新事實を御存知の方は小生まで一報願ひます。